末代

山陰のピカソ監督が話題になったセンバツも、野球自体に関するこれといった話題も無いまま淡々と進んでおります春。セパともスタートし、いよいよ野球に一喜一憂するシーズンです。

21世紀枠に負けたのは恥かっつーと、まぁ恥です罠。体育会系の免罪符、特に甲子園では毎年繰り返される座興の「負けたけど頑張った」が使えないですし。21世紀枠は弱いなりにハンデを克服して頑張ってるから選ばれたわけで、実質的な量が計量可能かはともかく、少なくとも物語性においては21世紀枠>その他だと、すでに決まっちゃってる。さらに実力も下ってなると、ベジータ並にこっぱずかしいですわな……
その辺含め、ピカソ監督の発言はとても明快で僕としては嫌いじゃないです。世間体も何もかもを弾き飛ばす感情の洪水こそ、彼があの試合に賭けきった証でしょうが。
どうでもいい第三者が、プライドを全BETして負けた人間に「敗者の美」なんてのを要求するべきじゃない。勝手に物語を期待して、それが裏切られたら憤慨する……。高校野球はショーじゃないだろう、少なくとも表向きは。「感動」を売るためにやってるんじゃないのに。スポーツマンシップの名の下に悲しいこって。

確かに向陽に対する侮辱にはなったが、損得無しで体当たりしていく「子供」を受け入れる声すらないのが嫌。この手のニュースを見る度に、まるで度量の無いギスギスした"世論"が歯痒いなと思う。