Marathon

 ある教師が「君らの敵は出来のいい女子高生たちなんだよ!ぷふっ」みたいなことをのたくっていたことをふと思い出した

 その某国語教師は女子とうちの学校の生徒の性質の違いを説いて、危機感をあおるようなことを言ってはいたのだが、ぶっちゃけた話、彼女らは俺と敵対しているのだろうか?
 ピッチャーは打者の弱点を調べる。ランナーは投手の癖を見る。バッターは投手の球種と対策を考える。相手の長所を知り弱点を知り、それに対して然るべき対策をとる。試合では相手の苦手なポイントを攻め、自分の長所を発揮できる状況を作る

 だが俺が彼女らの短所と長所を知って、それが何になるのか?無関係だ。うちの学校にとって、敵は確かにK成やA布だけでなくS女やO蔭、他の公立校の秀才らも含まれるのだろう。数百人という限られたシェアを争う強豪たちだ。国語教師からしてみれば「教え子たちが彼(彼女)らに勝てるか」は大きな問題だろう

 でも個人として考えた時、無関係だ。要するに合格最低点を取ればいい。そのボーダーは毎年それほど変わらない。多少は人間の質で変動するにせよ

 入試において敵があるとすれば、受ける学校なんだとは前も書いた気がする。隣で受けている人間に、何かが出来るわけじゃない。そういう点ではゴルフ、水泳、100m走に似ている。自分が優れていれば多少対戦相手にプレッシャーはかけられるだろうけど、別に相手が誰であって、どういう筋を得意にしていようと、大した問題ではない。ベストを尽くす以上のことができない

 国語教師の視点は、数を送り込まねばならぬ、学校サイドのものだ。そんなもの押し付けても意味が無い気がする。まぁそういう話を聞いて「なるほど!なら俺も頑張るか!」となる人間もいるのだろうけど。いや俺も単純な捉え方ではあるが……