自分探しごっこ

 建前はある程度作ってあるから、自己紹介で困ることはないし、大体の方角はあってるんだけど、道筋とか目的地とか、大事なところはよくわからなかったり。まだわかるはずないと嘯きながらも、大学生になってしまった以上、進んで行ってるって実感を得ていきたいとも思う。けどやっぱり手探りで、なんとない不安もある。

 言語化不十分の体験と感覚から想定した「優秀」を試みてはみるのだけど、結局それは自分でない誰かの焼き直しで、本当に自分に適合的なのかわからない。けどまぁ自分を放っておいたら漫然となるのは自明な話で、適合的であろうがなかろうが変わらなきゃいけない気もするけど、一人になるたび違和感が浮かぶような状態を続けることは精神的に不健康な気もする。
 かつて僕は人を選ぶという行為に対して強い嫌悪感というか、それを無頓着にやってのけることに不安と危惧を覚えた。その気持ちは覚えているのに、なんだかんだで気が付いたら自分がそれをやっている。けどそこ否定しちゃうと俺の処理能力パンクするから実現不可能だし、出来たからって誰得だし、心理的罪悪感を持ってなかったとしても、無意識にやってるんだよねぇ、なんてセルフツッコミもあって。
 新しい環境に入って、人が恐ろしいくらいたくさんいて、自分の周囲だけでもいっぱい出会って、その中で自分が何処に行って誰と会って、どんな授業受けて何処の学部行って……選択、選択、選択。選択の繰り返し。その選択の責任は、あたりまえのことだけど自分にあって。全て自分の意思でやることだから。
 けどふと考えたときに空恐ろしくさえなる。「誰かを選ぶ」ことって何それ?って話で。どんな責任があって、どういう形で負っていくべきなのか、さっぱりわからない。自分がどう考えればいいのかわからない。いや、相手だって当然自由意思のもと、僕との関係を選んだりするわけだし、まぁ何が起ころうが互いにチャラなような気がするんだけど、なんだかよくわからない。
 たぶん自己中心的すぎる考え方なのだろう。何を偉そうなこと考えとるんやろう?神様にでもなったつもりなのか?俺。(まぁ何でそんなこと思うようになってるのかとか面白そうなんだけど)


 最近は気負いすぎている。肩に力を入れすぎていると自分でも思う。得体のしれない「優秀」とやらに、憑りつかれてしまってる気がする。
 けど、その憑依が解けてしまったらしまったで、自分が堕落し、悔みの尽きない人生になってしまうような気がして怖い。
 俺にとって何が大事なのか。考えてるばかりじゃなくて、どこかで決めなきゃいけない時期になってるんやな。眼を背けていた問題がまた迫っているのかもしれないね。中高時代は何というか、和やかにそういうことを考えずに生きてこれたけど、自分が「社会的な、有限のリソースしか持ちえない一個人」だということが、強く思い知らされる。
 有限のリソースしかないから、選択をせねばならず、一回一回の選択がリアルタイムに自分のアバターというか、社会における自分に影響していく。選択しないことはできず、判断保留を続ければ、「何もしないこと」自体が選択になってる。

 入学式を前に、焦燥感がエドモンド本田のように僕の背中を押しまくってる。ガリガリ削られてる。ていうか自分が分解してくような気分。めんどくさいな。何が捉えられてないかもわからないけど明日早いから今日は寝る。