達観趣味

いつか帰りの電車でRONと色々と会話。かなり僕が一方的に喋っていただけだが。
少数派意識の強い僕もRONも大衆的な他者志向ではあれない、とか、「普通」を乗り越えるために僕は物事を常に一段俯瞰して捉えたいんだ、とか。

言ってて自分はずいぶん達観趣味だなー、と。受験に対しても、恋に対しても。ロドスにいて、飛ぶことを求められてるのに、ロドスでなぜ人は飛べるかの吟味に入っているような、そんなズレ方。
プログラム言語がわからなくたってPCは使えるよ、とうそぶきながら、自分が一番「プログラム言語」に凝ってる。カーブが来た→どう打つ、よりは何故曲がる→そうかマグナス力なのかー、で満足してるような節があるな。

「達観してみたいお年頃」をずーっと続けているのだろう。わりと対処してきたら、大した現実の壁に直撃することもなく今日まで達観趣味してきた。それはくびきから自由

この在り方をやめるのは怖いんだよな、きっと。負けるのが、というと身も蓋もないけど。やはり囚われるのは嫌なんだ。

だから考えるのを止めるのは怖い。考えられない領域が嫌。特にそれが自分の中にあると嫌。考えようとする自分に歯止めをかける方法が分からない。寝るくらい?けど、結局、起きたらまた思い出す。