逃走心

瞬間的なゲームにおいては発揮されるが、長期スパンになるとあまり湧かない闘争心
自身の闘争心不足がもの寂しかった時期がありました。いやまぁ個性ですから仕方ないのですが。手っ取り早いモチベーションになるのは事実ですが
バスケやサッカーにはそれなりに正常な熱中を示すタチだし(まぁやってるときだけだけど)本校生徒にありがちながらプライドは高いのですが
自身と他者とを比較するような指向を忌避する傾向の表れなんかしらね。昔の脆弱な自尊心を前線に出さないための戦闘回避と、今の「比較」自体への危機意識とは結構違うけど。自他を競いあわせるということ自体はスリリングで楽しくもあるんだけど、結果として生まれる優越感やら劣等感やら、自分を縛り付けてたものが怖いのか。反射的に勝敗に付随する感情をシャットしている。勝っても負けても、「そんな日もある」と心で思う。他人の闘争心は躍動的で好感もてるのに、自分のそれは醜くずず汚い、下等な感情に思える。まぁそれは隣の芝心理なわけです。自他への扱いの不平等さ、それが自分を下げるものでも、結局は自己に囚われている証なのかもな

なんか中途半端に老けた境地に早く憧れすぎたか。それならそれで、モチベーションの保ち方を工夫するのが自分にとっては最善か


「心の底から達成感」ってのを感じたことがあまり無いのも、その辺の性向に由来するのかしらね
そういや現代文のリンシュウ先生に「過去ろくに達成感とかなくて、自分ながらもの寂しいのぅ。受験もだけど」とか言ってみたら、「受験ごときでいちいち達成感持ってどうする。入り口やのに。出来て初めてスタートラインや」と返されて笑った。「達成感いちいち感じてたらそっから先に進めんわ」とも。やれやれ、いい処方箋だこと